「みんな違って、みんないい。」
この言葉は便利だ。
なぜなら、この言葉を傘にして、人に聞かせるレベルでない音楽が日々生産され続け、公害を撒き散らしているからである。
本来「みんな違って、みんないい。」 を使うときは、最後の最後なのである。わかり合おうと努力して、それでもダメなだったときなのである。
ハナから、俺とお前は他人。だから、俺の音楽がわかるわけねー。と批評を避ける生き方は、閉じこもっているだけなのである。
音楽はコミュニケーションツールである。分かり合えることを前提に続けないと、本当に殻に閉じこもって出てこられなくなる。
人に自分の心の内を言葉じゃ伝えられないので音楽で伝える。これが基本姿勢であるべきなのだ。
それを、俺の心は闇だ。誰にも理解できない。とか言っちゃって、そのくせ、みんなに聞いてもらいたがってるところでリリースする。ツンデレか!
オジサンのツンデレほど気持ち悪いものはいない。
また、人に心のうちを伝えようとする人が、相手の顔にウンコを投げつけるような動物園のゴリラじみた表現をするのもどうかと思うし、俺は俺の表現を俺だけでやる。と言って他人の意見を聞かない人は、やがて追い詰められる。
そういう時には音楽はコミュニケーションツールだということを思い出してほしい。
誰かに伝えたいときには、その人にわかるように加工しなければいけないのだ。あなたの素のままで、迎え入れてくれるのは、あなたのお母さんか、付き合いたての恋人くらいのものである。
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