音楽は消えないが人間はいつか死ぬ

奇しくもこの記事を書いた次の月に森田童子は亡くなったらしい。俺はフォークソングは森田童子か井上陽水しか聞かないが、森田童子のアルバムはすべて持っている。ちょうど高校教師のドラマが流行ったときに揃えた。

森田童子の音楽を語るときに、俺は熱心なファンのように、この世界観をリアルに感じたりはしない。むしろここまで作り込んだ世界を表現できていることに当時から驚いていた。つまり創作としてのレベルの高さに感動していた。それはたとえばRADIOHEADに通じるものでもある。暗い音楽を聞くときに、暗い気持ちを楽しむ。というような感覚を与えてくれるのだ。これを聞いて、よし自殺しよう。という人もいたのかもしれないが、俺はそういうタイプではない。

さて、これは股聞きなのだが、非常に貴重な話だ。それは森田童子とここ数年前にコンタクトをとった人がいて、その人は自動車学校で、おもしろいおばさんと友達になったのだが、その人が「私むかし音楽やってたのよ。」と手渡してくれたのが森田童子のCDだった。という話。多分ネットに出てない話だと思う。

うん。やっぱりな。と思った。ここには2つの面白いことが読み取れる。まず”おもしろいおばさん”ということだ。そう。こういう音楽演る人は面白い人なのだ。かなり面白くないとここまで作り込めない。それから、CDをくれたということ。つまり私は今はおもしろいおばさんですが、昔はこんな暗いことやってたんだよ。と自己顕示したことだ。これは本当にいい話だ。

俺は森田童子を狂ったように聞いた時期があったが、その時からこの人は絶対おもしろい人だという確信があった。それは寺山修司に通じるものがあるのだが。まぁ最近のオタク同人音楽しか聞かないやつには縁のない話だろうから。昔話はこれくらいにしておく。