俺は基本的に宇多田ヒカルは普段聴かないし、好きなアーティストではない。だが、このファーストアルバムは買って何度も聞いた。800万枚も売れたのだ。そりゃ俺も買う。

1999年、あの時俺は何をしていたのか。俺は東京にいた。中卒で上京した俺は、生きていくためだけにアングラなアルバイトをして食いつないでいた。

そんな俺には、世の中は陰鬱に見えた。渋谷のセンター街の先にある、バイト先に出勤するときには、いつも109の壁一面にavexなどのアーティストがデカデカと貼りだされていた。景気のいい音楽業界に比して、俺の生活はすさむばかりだったからだ。俺は生まれて初めて小室哲哉を呪った。

宇多田ヒカルはそれまでにいた、プロモーションがゴテゴテしたアーティストと何かが違った。AutomaticのMVも、なんか地味だった。でも毎日流れていた。

ただ、何かが違った。洋楽っぽい。そういう人も多い。日本語が日本語に聞こえないから嫌い。とかいう人もいた。

彼女が買ってきたアルバムを俺は、流行りの音楽なんか買ってきちゃって。なんて思いながら聞いたら、Automaticのあまりにも情緒があるメロディにぐっと来た。

そして今まで感じたことのない音楽の快楽がその曲にはあった。歌詞の意味に共感を持たせて共感させるそれまでのJ-POPとは違う、リズムを覚えることそのものが快楽になる曲。そんな感じだった。ちょっと聞いたくらいじゃ、歌えないシンコペーションしたビート。そして歌が始まって終わんじゃなくて、ずっと張り巡らされている感じ。うーん。これは大人の音楽だ。そう思った。

何度も何度も聞くうちにそのグルーヴが体にしみこんでくる。もちろん俺は岡村靖幸にもそれを感じていたが、もっと時代の欲しがっていた音。そう1999年という世紀末にすべてを塗り替えてしまう、アーティストを皆が渇望していたのかもしれない。

俺はこのアルバムのAutomaticとmovin'on without youしか聞かないので、アルバムが好きというわけではないが、この時代のことを思い出した時にダントツでクル2曲なので、これを選んだ。