例えば今、俺はブログを一から作ってる。まさに今この記事が載っている、このブログ自体を作りながら記事を書いてる。
今までのブログっていうのは、管理画面があって、その管理画面に文章を入れて、カテゴリーとか設定して、それが表に出てくる、みたいな構造だったじゃん。
でも今だったら、俺はまず「記事を書く構造」自体を作る。最初にネタが降ってくる場所がある。そこにネタがどんどん溜まっていって、「これでいこう」と思ったら、そのネタについて俺が喋る。それだけ。
喋った内容を貼り付けるだけでもいいかもしれないし、たぶん実際にはClaude Codeにこの文章を渡して、「これ記事にして。リンクとかも適当につけといて」みたいなことをやると思う。それで一丁上がり。
やるのは編集だけ
だから、俺はブログを書かないんだよね。俺がやるのは編集。ひたすら編集する。
実際に出来上がったものを自分で読んで、「もっとこうした方が読み応えあるな」「こっちの方が見応えあるな」って、自分自身が読者になって直していく。そうやって、いい感じに見えるようにシステムそのものを作っていく。
つまり、完成しているひな形に自分を当て込むんじゃない。システム自体を自分に合わせて設計する。
そうなると、例えば管理画面に「文章を書く場所」すら必要ない。俺の場合、裏側も表側と同じようなものにしようと思ってる。裏側でやることは、「次にどの記事を出すか」を決めるだけ。「これ」って選んだものだけが表に出てくる。しかも、見た目は表も裏もほとんど一緒。そんなものを作ったら面白いかなと思って、今作ってる。
ブログは廃れた。でも
で、そもそもの話なんだけど。ブログって廃れたのよ。今の若いやつ、例えば20歳くらいの子に「ブログ知ってる?」って聞いたら、「ブログって何?」ってなる人もいると思う。
じゃあ、ブログはもう終わったのか。みんなTikTokしか見なくなったのか。そんなことはないじゃん。ちゃんと文章を読みたい人もいる。人の話を聞きたい人もいる。
だからYouTubeだって、50分くらいずっとダラダラ喋ってるだけの動画にファンがついたりする。人の話し声を聞くのが好きな人もいるし、通勤中とか何かをしながら、その人の話をずっと聞いてるのが好きな人もいる。俺もそういうのは好き。
ただ、文章っていうのは、改めて作ってみて分かったんだけど、話し言葉よりも圧倒的にエディットが効くんですよ。しかも今は、それが簡単にできる。ざっと喋ったあとに、「これ、もうちょっとまとめといて」でいい。それをそのまま投稿することもできる。
読むのは人間だけじゃない
そして、ここからが今までのブログとはちょっと違うところで、その文章を読むのは人間だけじゃない。AIにも読ませることができる。
大量に文章を残していけば、「この人はこのジャンルについて、こういう考え方をしている」「この分野について大量に発信している」という情報を、AI側にも渡すことができる。それが検索やAI経由で見つけてもらうことにつながる可能性もある。
もちろん、「検索上位に来ても、人間が来なかったら意味ないじゃん」っていう話もある。でも、もっと大きく考えると、インターネットって今後ますますAIの餌になっていくと思うんですよ。AIはインターネットにある情報を読んで、そこから何かを探したり、まとめたり、答えを作ったりする。だったら、餌を供給する側には価値がある。
人間一人分の考え方
俺は別に、何かについて「これが絶対に正解です」って教える人ではない。俺が提供してるのは、人間一人分の考え方なんですよ。
ある物事について、「俺だったらこう考える」「俺だったらこれを選ぶ」っていう、一つの選び方。そういうものを文章としてインターネット上に残していく。今の時代にブログをやる価値って、実はそこにもあるんじゃないかと思ってる。
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