この回の結論
80年代の MIDI 登場は間違いなく天才の一手で、オープンソース的な発想がどれだけ機能するか、そして文化の壁を越えて人間が協力すれば途方もないものが作れるという初期の実例だった。ただしそれは40年以上前の話で、この愛すべき共通語はいい加減模様替えが切実に必要。Elektron の Turbo MIDI のような特化型を別にすると現代的な回答は二つ、2017年の MPE と2020年の MIDI 2.0。MPE はポリフォニックアフタータッチの発想を1音1チャンネルまで押し進めた表現力の拡張だが、MIDI 2.0 の方はまだ全然ペースが上がらず、対応を謳う DAW・プラグイン・コントローラーはあるものの、自分のワークフローに好影響を与える改善はまだあまり見つけられていない。
何を喋っているか
- 提供は Squarp。「Hapax があると MIDI の説明がずっと楽になる」から。今日は MIDI 規格まるごとのスピードラン。基本は初心者向けだが、上級者にも刺さる踏み込んだ話も入れる。「MIDI 黒帯の方々はコメント欄で好きに叩いてくれ、あと面白い画像を楽しんでいってくれ」
- 80年代初頭、電子楽器同士で会話する共通規格は「実際に手で弾く」以外に存在しなかった。アナログ CV による基本的な相互接続や、Oberheim パラレル、Roland のデジタル・コントロール・バスといった独自デジタル形式はあったが、シンセ界のエスペラントは無かった。1981年、Roland の梯郁太郎が日本勢とアメリカ勢の共同作業に火を付ける。
- 梯郁太郎、Dave Smith、Tom Oberheim、Bob Moog という認定シンセ神のスーパーグループが、続く2年で MIDI を世に出した。最初に搭載したのは Sequential Prophet-600、Roland Jupiter-6、TR-909。細かい追加を別にすれば、これが今日まで使っている通信プロトコルそのもの。MIDI は古代の遺物であり、規格の多くの部分も同様に古い。
- ケーブル長の制限、ドイツの Wi-Fi にふさわしいビットレート、70年代ハイファイ趣味の5ピンコネクタ。5本のうち実際に使われているのは3本だけ。ケーブルは基本的に一方通行。グラウンドループ防止にフォトカプラを使い、MIDI OUT は MIDI スプリッターを駆動できる程度のわずかな電力を出すことになっている。ただしこの仕様を守らないメーカーもいる。
- 現代の楽器によく付いている小さい TRS コネクタは規格化されていない。2種類あって極性が違う。その結果、自分のようなオーディオ老害はこれを心の底から憎んでいる。Bluetooth MIDI の話は振らないでくれ。一方 USB MIDI は必要悪。グラウンドノイズを持ち込むことで悪名高いし、タイミングも常に正確とは限らない。
- 機材によっては専用ドライバーも要る。とはいえ小規模なセットアップならドライバー不要のクラスコンプライアント USB MIDI は便利。シンセが増えてきたら、USB ケーブルを大量に生やすより、USB 接続のマルチポート MIDI インターフェイスを1台入れた方が信頼できるしノイズも出にくい。
- MIDI ホストポート(Hapax などにあるやつ)は神。USB MIDI コントローラーをシンセやシーケンサーに直接つないで給電までできる。ここから規格の内面の美しさへ。まず、聞き飽きているだろうが MIDI はオーディオではない。レトロフューチャーなリアルタイム版の楽譜だと思えばいい。扱えるのは10オクターブちょっと。
- そのオクターブの番号の振り方はメーカーごとに意見が違う。ノートオンとノートオフは別々のコマンドで、それぞれ音程の情報と、鍵盤(あるいは音を出すのに使った何か)を叩いた強さ=ベロシティを持っている。他の音楽的表現に潜る前に、規格のもう一つの根幹を見る必要がある。
- モジュラー勢が大好きなアナログの CV とゲートはケーブル1本につきパラメーター1個しか送れない。対して MIDI 接続は最大16チャンネルを収容する。本当だ。MIDI 出力ひとつから16台の楽器を独立して鳴らせる。ただし1台を除く全部に MIDI THRU が付いていれば、の話。
- THRU は MIDI IN に来たものを完全に複製して吐き出すはずのもの。とはいえ実際はスプリッターか THRU ボックスを強く推奨する。理由は A: THRU は信号品質を劣化させうる、B: すべての機材が本物の MIDI 三点セットの恩恵に浴しているわけではない。一部の楽器は同時に複数の音色を出せる。1つの箱の中で複数のシンセが別々の音を鳴らしている状態だ。
- これをマルチティンバーと呼ぶ。全チャンネルを個別に扱えるだけのトラックを持つ Hapax のように贅沢に扱える機材ばかりではないし、どの音をどのチャンネルに送るかの普遍的なルールも無い。ただし後述の General MIDI に影響されて、ドラムはチャンネル10に置かれがち。
- Omni は良くも悪くも全チャンネルをまとめて受ける。ノートオン/オフのシンプルさで満足という人もいるだろうが、MIDI はもっと複雑な音楽表現も運べる。MIDI は「実際に弾ける人」向けに設計された。だから最重要のコントローラー2つは、ヘアメタルのギター真似と音と音の間の音程に届くためのピッチベンドと──
- ──押した後の鍵盤への圧力で操るアフタータッチ。コントローラー側も音源側も対応していないものがある。チャンネル/音色全体を動かすモノフォニック型と、弾いた1音ごとにパラメーターを揉めるデラックスなポリフォニック型を区別する必要がある。自分のような「ツマミいじり族」の人間は、練習が要る表現手段よりも MIDI CC を好む。
- とりわけ CC #1 のモジュレーションホイールは今も本物のミュージシャンの領域に深く食い込んでいる。どのコントローラー番号をどのパラメーターに使うかには、まあ「提案」と呼ぶべきものがあるが、実際どうなるかは機材次第。音源やミキシングコンソール、MIDI 化されたエアフライヤーのパラメーターを遠隔操作する以外に──
- ──MIDI セットアップの管理用にチャンネルモードメッセージがある。これは楽器側で選択できることの多いベーシックチャンネルにしか送れない。例: Omni モードの起動、あるいは 「どこかのシンセがノートオフを取りこぼした時(=しょっちゅう起きる)」のためのオールノートオフ。CC は128段階しかないので用途によっては解像度が粗すぎる。
- 特にピッチやフィルターカットオフのような周波数系のパラメーターでは階段状の変化がはっきり聞こえる。ピッチベンドのメッセージは元から高解像度。コントロールチェンジは128個しかないが、CC の組み合わせで作る RPN / NRPN を使えば制御できるパラメーター数を劇的に増やせる。
- RPN(Registered Parameter Number)は MIDI 規格で定義済み。NRPN は非登録でメーカーごとにバラバラ。ピュリストにパッチメモリーは要らないが、我々凡人はパッチや FX ユニットのプログラムやギターアンプのチャンネルを切り替えたい。それがプログラムチェンジ。バンク切替として働く CC0 と組み合わせれば合計16,384バンクまで指定できる。
- それでもネタ系のシンセには全然足りないが。ここまでのコマンドは全部チャンネルボイスメッセージで、1つの MIDI チャンネルでどう使おうと残り15チャンネルには影響しない。加えて MIDI ストリーム全体に効くメッセージが3グループある。コモンメッセージ(MIDI タイムコード、ソングポジションポインター、チューンリクエスト)は80〜90年代の大規模スタジオを制御下に置くために実装された。
- これらは絶対時間での同期などを可能にする。ミュージシャンが今も使いがちな MIDI シンクとは別物。その MIDI シンクはシステムリアルタイムメッセージで、2台を音楽的に意味のある形で同期させるには絶対に不可欠。そして本質的に欠陥品でもある。まともに実装できていないメーカーは今も多いし──
- ──4分音符あたり24メッセージという密度がプロトコルの古代的な帯域を圧迫しがち。古い MIDI の配管を詰まらせるという評判のもう一つのシステムリアルタイムメッセージがアクティブセンシング。前述の音の鳴りっぱなし対策として規格に入った。そして真打ちがシステムエクスクルーシブ、通称 SysEx。
- 規格を壊さずにメーカーが MIDI を独自に使えるよう、あらかじめ決めたヘッダーを送るだけでよいことにした。送り手と受け手が同じ楽器の方言を守る限り、あとは青天井。パッチ転送、バックアップ、MIDI マシンコントロール。多くのビンテージシンセを弄る唯一の手段でもあり、場合によっては気の遠くなる時間をかけてオーディオデータすら送れる。SysEx に通じた連中は秘密主義の集団で、自分の脱毛の一部は DX7 を制御しようとして引き起こされた。
- MIDI の最初の用途はシンセでシンセをリアルタイムに鳴らすことだった。だが録音・編集・保存もでき、今日の MIDI 通信の大半はコンピューターの中で完結している。MIDI ファイルは DOS ゲームやカラオケマシンで大量に使われ(今も使われ)、対応プレイヤーが何をすべきか分かるように規格の拡張が必要になった。
- それが General MIDI。今の音楽制作における GM の重要性は限定的だが、Rise of the Triad のサントラみたいな古典的名曲は大好きだ。MIDI 初心者にとって最も謙虚な気持ちにさせられる瞬間の一つが、MIDI インプリメンテーションチャートとの初対面。
- 中には印刷された紙の値打ちもないチャートもある。まともなものはセットアップの可能性を教えてくれる。だいたい「その機材が理解できること」の列と「他の機材に喋ってやる気があること」の列がある。○が良くて×が駄目、追加情報はいつでも歓迎。SysEx のドキュメントはもう少し詳しく書かれる傾向にある。
- 80年代の MIDI 導入は疑いなく天才の一手で、オープンソースという発想の威力と、文化の壁を越えて人間が協力した時に何を成し遂げられるかの初期の実例だった。とはいえ40年以上前の話であり、この愛すべき共通語は模様替えが切実に必要。Elektron の Turbo MIDI のような特化型を除けば、現代的な回答は2つ知っている。
- 1つは2017年の MPE(MIDI Polyphonic Expression)。ポリフォニックアフタータッチの概念を次の段階に進め、1音に MIDI チャンネル丸ごとを割り当てて表現力を稼ぐ。Osmose、LinnStrument、Seaboard といった楽器で使う。もう1つは2020年発表の MIDI 2.0 だが、こちらはまだ全然加速していない。
- 新規格対応を約束する DAW・プラグイン・コントローラーはいくつかあるが、自分のワークフローに良い影響を与える改善はあまり見つかっていない。次にやってほしい音楽テック・スピードランのネタはコメントで。高評価、チャンネル登録、Patreon、そして下のリンクを使ってくれれば、ゲストが何を買えと命じてこようとチャンネルの助けになる。