史上最もアイコンなプラグイン

Most Iconic Plugin of all Time

この回の結論

「アップデートはいつ来るんだ?」というのが皆の本音。クロスプラットフォームの64bit対応に加えて、ポリフォニー、ADSR、あわよくばトランスゲートまで付いた現代版が出れば確かに最高だ。だが結局、Delay Lama を後世に残す唯一の方法はフル装備のハードウェア版しかない。

何を喋っているか

  1. 今日扱うのはおそらく史上最もアイコン的なプラグイン。FL Studio の前に人生を捧げていない人間でも知っている古代のソフト音源。2000年代初頭に学生が寮の部屋で書いたにもかかわらず、Serum のような業界の定番と比肩する文化的インパクトを残した。これは Delay Lama へのラブレターだ。
  2. 2002年、オランダの大学プロジェクトから会社化した AudioNerds がリリース。フリーウェアなのに Massive や Sylenth1 級の実績を持つ。Timmy Trumpet の2014年の大ヒット「Freaks」(YouTube と Spotify で10億再生超) のメインリードがこれ。そして Timbaland が AI の反キリストになる前、Madonna の「Devil Wouldn't Recognize You」で目立つ形で使っている。
  3. 音楽業界での成功は話の一部に過ぎない。Delay Lama はゲーム音楽での起用歴も長く、Paper Mario、TrackMania、F-Zero GX、鉄拳5 はまだ氷山の一角。オフラインの人生がまだ残っている人には驚きだろうが、この歌うチベット僧はネット文化のアイコンとしてさらに華々しいキャリアを持っている。
  4. ミーム文化の講義に登場した唯一の VST プラグインかもしれず、Know Your Meme に単独項目まである。ごく初期の YouTube でのバイラルなカバーに加え、日本のニコニコ動画ではアニメ主題歌や有名曲を Delay Lama で演らせる大ブームが起き、再生数は数百万に達した。
  5. 2010年代初頭には YouTube で第二波。ヘロヘロに間の抜けた Skrillex カバーがそこらのインフルエンサーのチャンネルより再生されている。その後は忘れ去られるかと思いきや、2020年代初頭に YouTube のアルゴリズムが古い動画を掘り返し、歌う僧侶コンテンツの雪崩が再来。その中で興味深い論争も起きた (後述)。
  6. Delay Lama のサクセスストーリーは電子楽器の世界で並ぶものがない。そこでプラグインの成り立ちを深掘りする。推測を極力ゼロにするため、制作者の一人 Steve Crosswick に直接話を聞いた。彼は仲間の Aram と Dan と共に、Audio Ease の中心人物が開いたオーディオデザインの講座を受講していた。
  7. その講座はオープンソースの音響ソフト Csound に着想を得た課題が中心で、グラニュラー/フォルマント合成用の FOF オブジェクトをいじっていた時に発見が起きた。「Csound の基本のソプラノをうんと低く鳴らしたら、アニメの僧侶みたいな声だと思った。それが Delay Lama の誕生」。この手の思いつきは普通、絵に描いた餅で終わるが、彼らには選択肢がなかった。「課題の一部だったから。単位を取るには完成させるしかなかった」
  8. VST 革命の全盛期で、ふざけたフリー音源が毎日出ていた時代。それでも Delay Lama が抜きん出た理由が二つある。一つ目は、これがガタつく SynthEdit の寄せ集めではなく、磨き上げられて安定動作する VST 音源であること。Csound の要素は C++ で書き直され、Altiverb で知られる指導者から開発者的な考え方とバグ潰しの助言を得ている。
  9. 「オーディオ担当の Arjan が、ものを本当に最後まで仕上げることの尊さを教えてくれた」。二つ目の、そしてより重要な理由 —— 何しろ歌う坊主なのだ。「昔から哲学や精神的なものに興味があって、仏教は自分に響いた」。AudioNerds の4人目、当時アニメーション学生だった Frank Post が作った僧侶のアニメは、荘厳でありながら愛らしく可笑しい。
  10. プラグインは常に無料だが、気に入ったユーザーには International Campaign for Tibet への寄付が推奨されている。「歌う僧侶みたいなものを作るなら、それは文化の盗用でもある。だから何かその方向で返すのが正しいと感じた」。なお一般の思い込みに反して、プラグインの中に3Dエンジンは走っていない。「36枚くらいのビットマップを並べて切り替えてるだけ」
  11. Delay Lama は最もよくメンテされたプラグインとは言い難い (後述) が、中の技術は他製品に流用された。「Steinberg Cubase には Delay Lama のキリスト教版、Brother Gregory が入ってるバージョンがある。あ、忘れてた、Spectrasonics 向けにエフェクト版も作った」。この件が Splatoon のサントラで Delay Lama が使われたのかという最近の議論の火種にもなった。Omnisphere のあのリードは確かによく似ている。
  12. 残念ながら、もう一つの有望な AudioNerds 音源は日の目を見なかった。「超高度なオナラ・シンセを作ろうって話があった。別の講座で線形予測符号化 (LPC) を実験してたやつがいて、本当にいい感じのオナラの音が出せたんだ」。歴史と文化の話が済んだので、次は技術面と、なぜこれで音楽を作るのが年々難しくなっているかへ。
  13. Delay Lama の核は極めて単純なフォルマント・シンセで、母音を発音した時に声にできるピークを再現して人声を模倣する。「A は二つのピーク、E は別の二つ。調べれば出てくる。本当に単純な合成アルゴリズムで、そのフォルマント周波数にサイン波を数本置いてるだけ」。もっとも、実際に使う分にはこの話は一切関係ない。
  14. 操作はチベット国旗をクリック&ドラッグしてピッチと「wow」を動かすか、MIDI で弾くか。MIDI 側にはポルタメント専用パラメーターがある。横向きフェーダーで名前の由来であるディレイを足し、head size パラメーターでフォルマント帯域をずらせる。
  15. 内蔵のヘルプ画面はありがたいし、MIDI 実装も優秀で、画面の UI には無いビブラート・パラメーターまで追加されている。ベロシティ、ポリフォニー、シンプルなエンベロープすら無いのは物足りないかもしれないが。そろそろ部屋の中の象に触れる時間だ。
  16. Delay Lama は何年も更新されていない。32bit オンリーで、Windows ならラッパー経由で現代の DAW でまだ動くが、Catalina 以降の Mac で動かす方法は見つけられなかった。とはいえ SM Pro Audio V-Machine の中では生き続けている —— あの栄光の UI 抜きで。
  17. さらにメイン機から操作する旧 PC もホストとして使っている。そこで Steve が語った、このプラグインの真の用途を明かすかもしれない小話。「サイケデリック・トランス界隈の連中に招かれた時、Delay Lama を作ったと言ったら『は?』という反応。その年の夏のフェスでは、一晩まるごと全部 Delay Lama という回があったらしい。
  18. 一晩まるごと全部ラマ。そして誰もが自問することになる —— アップデートはいつ来るんだ?
  19. クロスプラットフォームの64bit対応と、ポリフォニー、ADSR、あわよくばトランスゲートが付いた現代版が出れば確かに最高だ。だが結局、Delay Lama を後世に残す唯一の道はフル装備のハードウェア版しかない。いつもの締め —— 高評価、登録、Patreon、そして GAS が何を買えと命じてこようが下のリンクを使ってくれ。