この回の結論
FM 楽器を設計するのは難しい。趣味のシンセユーザーには複雑すぎるか、ヴィンテージ実機を知るベテランには単純化しすぎるかのどちらかになる。ところが Model:Cycles は、自分が FM を触っていることをほとんど忘れさせた。パラメータの選び方が的確で、さんざん叩かれる80年代的なダサさがほぼ無い。広く語られている不満点はさておき、一つだけ気になることがある — Elektron は Cycles を、あのステッカーを貼れば見た目が改善するほど不細工だと本気で思っているのか?
何を喋っているか
- 「世界で最も嫌われたオーディオ機材の番組」へようこそ。楽器における FM 合成の実装には三通り出会ってきた、と切り出す。①安っぽくて雑な、プリセット頼みのやり方。
- ②何もかも詰め込んだ「台所の流しまで込み」の、粗も丸出しな量子物理フルコース。③膨大なパラメータをアナログシンセ的な数個のツマミで手なずける、より人道的なマクロ方式。Elektron Model:Cycles は明らかに三番目だ。Model:Samples の 2020年製「邪悪な双子」で、ドラム音重視のグルーブボックス。相応に批判も浴びた。
- Elektron 製品は強力だがシンセ界のマーマイトで、熱烈に愛するか憎むかのどちらか。フィルター無しの肉切り包丁みたいな FM を崇めるガチ信者に手を出すのは危険だ、とも。見た目は90年代初頭の医療機器チェックリストを全部満たしている — クローネンバーグ的なデザイン、おもちゃっぽいのに堅牢なコントロール、ミニマルだが機能的なディスプレイ、頑丈なプラ筐体。
- その筐体はもう Power Handle の装着を待っている風情。Elektron は Digitakt などでベロシティ非対応ボタンを叩かれたが、Cycles を手にして最初にやったのがベロシティを切ることだったのは皮肉だ。硬めのカーブが気にならないなら便利なモジュレーション源になる。中身は分かりやすい6つの FM エンジン。KICK は丸い 808 ドンから…
- …Schranz 系の歪みモンスターまで。SNARE はスティック成分もノイズ成分も持つ。METAL 系はシンバル/ハット向けの金属質な音が多種多様。PERCUSSION はトーナルと不協和音の間をさまよう。そしてモノフォニックな 2オペレータのシンセセクション。
- さらにウェーブテーブル風の 4オペレータのコードジェネレータ。フィルター、ユニゾン、そして複雑なものからそうでないものまでコードが一冊分そろっている。
- この周波数変調の大混乱を、汎用的な名前がついたたった4つのパラメータで制御する。6つのエンジンと内部でどう絡んでいるかを気にしなくても、スイートスポットが広く、パラメータレンジが寛容なので直感的に音作りできる。とはいえ調べておくと作業効率は格段に上がる。各ボイスはピッチを変えてクロマチックに弾ける。
- エンベロープは HOLD と DECAY だけに制限されているが、素直な LFO で回避できる。PUNCH 機能と、VOLUME パラメータに仕込まれたディストーション段が音のボキャブラリーを広げる。
- Elektron の成功譚に欠かせないのが定評あるシーケンサーのワークフローで、Cycles もこの点では期待を裏切らない。ステップ入力とライブ入力、クオンタイズ、複雑なパターン用のリトリガー、ライブロール、そして Elektron 名物のパラメータロック。
- フィルを含むコンディショナルロックもあり、ステップごとにトーンプリセットもシンセエンジンも切り替えられる。ライブ用の小技とショートカットは紹介しきれないほど。ただしパターン長は4小節止まり。もっとも「ソングモードなんて老害の使うもの」と言う人もいるだろうが。マスター FX はリバーブとディレイの2つ。
- その2つの FX は一級品。データ管理は慣れが要る味わい。物理出力も USB オーディオもステレオのみなのは残念。メニューダイブは必要だが多くはない。そして名前の付け方を調べるのが面倒だった。この個体は地元の楽器店 Klangfarbe から借りたもの。番組を救ってくれてありがとう。新品価格は 329…
- …329 大陸間タカラガイ。本気のシンセコレクターには安すぎて逆に手が出ないかもしれない。Cycles は FM サウンドの現代的な解釈として面白い。Elektron は FM の真の信者にとって単純化しすぎたのか? 今日のイントロでもう Cycles を聴いている。あと Live 11 に乗り換えたので何もかも少し変だ。
- 自分のささやかな Elektron 操作スキルと TB-3 でどこまで行けるか試す、と言ってジャム開始。
- 「なかなかグルーヴィーだ」。何をやっているか分からないままでも1曲まるごと成立させるのは簡単だった。スイートスポットが広いせいで、この文脈ではライブでいじる価値のある箇所があまり見つからなかった。Cycles は打楽器音以外もかなりできる。次は本物のアナログドラムと並べて戦えるか確かめたい。
- アナログドラムマシンと合わせたジャム。
- Vermona を売り払う理由にはならないが、アナログドラムの生々しい音への対位法としては良い。ただしヘッドルームの問題にぶつかり、ボリュームロックを既に使っていたので有効な対処法が見つからなかった。ライブジャムの道具としては優秀。次はコンピュータに繋いで、少々退廃的でピーク後半の EBM/プログレッシブハウス的な催眠交霊会をやる。
- DAW と組んだトラック。そして Verdict へ。FM 楽器の設計は難しい、と切り出す。
- Verdict 本編 — 趣味ユーザーには複雑すぎ、ベテランには単純化しすぎになりがちな FM 楽器の中で、Cycles は FM を使っていることを忘れさせた。パラメータ選定が良く、叩かれがちな80年代のダサさがほぼ無い。ただ一つ気になるのは、Elektron はあのステッカーが実際に見た目の改善になると本気で思っているのかという点。
- 「見てくれてありがとう、また次回」。いつもの高評価・登録・Patreon・次に見たい機材のコメント募集。