この回の結論
クラシックなグルーヴボックスのファンなら、これ以上探す必要はない。707 は機能てんこ盛り、パフォーマンス志向のワークフロー、そして「電子音楽制作に必要なもの全部」という約束を持っている。だが MC の古参なら知っている通り、この手堅いレシピには昔から欠点があった。表層より一段下に潜った瞬間、古代の難破船を操作しているような感触になる。基本的な不備を潰し切れていない綱渡りと、何より「二流の音源に載った怪しいプリセット」への依存が重い。しかもその音源、いじって楽しいものではない。Cloud 偏重の今、707 や TR-8S のような実機は絶滅危惧種かもしれない。まあ Roland は、製品名に付けられるアイコニックな数字自体を切らしかけているわけだが。
何を喋っているか
- 「世界一嫌われている音響機材の番組、Bad Gear へようこそ」。Roland の楽器は音楽テクノロジーの頂点、あまりに素晴らしいので誕生から何十年経っても音楽愛好家に強制給餌され続けている、というお決まりの皮肉から入る。タイムレスなデザイン、必要なところにきっちり効くイノベーション、そして偉大な遺産の保存。
- 今日の題材は MC-707。2020年代の OG グルーヴボックスであり、Roland 機に搭載された歴代3位の画面、クラシックサウンドの現代解釈としては2番目に良い出来、そして Cloud サブスクを売るための最良の手法を兼ね備えている。一見するとチェックボックス天国 — ZEN-Core 音源に 90年代 JV の UI。
- Ableton の尻に噛みつこうとする中途半端な試み (クリップ launch 方式)、冒涜的な配置の MPC 風パッド、そして何日でも潜れるメニュー階層。
- ハンズオンのコントロールと、時代遅れなワークフローの深い深い落とし穴が同居することによるいつもの認知的不協和。8トラックあり、おそらくサンプルベースのドラムキット (コンプレッサーはオプション)、ZEN-Core 音源はアコースティック楽器から何まで全方位をカバーする。
- 合成乳製品みたいな音、ユーザーサンプル、SuperSAW 付きの VA 系オシレーター、そしてそれらを折衷的に組み合わせた4オシレーター環境。
- シンク、リングモジュレーション、2種類のクロスモジュレーション。基本的なモジュレーションマトリクスもある。「TVF」という呼称にロンプラー時代の PTSD が疼くが、フィルターは VCF エミュレーションに切り替えられる — ただし切り替えると 128ボイスのポリフォニーが削られる。
- ボイスリザーブ管理の時代はとっくに終わったと思っていた。奇妙なことに本機の総ボイス数は 80 に制限されている。Roland は DAW 領域に踏み込んでサンプリング/ルーパークリップ (タイムストレッチ付き) を追加。音源は8トラックに自由に割り当てられ、ホーム画面のマトリクスに並ぶクリップでトリガーする。
- クリップはシーンにまとめられる (ここで「どうやったら Make You Feel My Love にたどり着けるんだ」と一言)。専用のパッドモードでのコントロールも可能。ループを除けばクリップの中身はノート情報で、クオンタイズあり/なしのリアルタイム録音か、
- 使いやすいステップシーケンサーで打ち込む。128ステップ、ポリメーター、Elektron のパラメーターロック的なモーションレコーディング — ここは文句なし。音楽理論が読めない自分のような人間にはコードモードがありがたい。
- フェーダーだらけのミキサーはジャムを誘う。多数のノブにパラメーターをアサインできるが、画面の表示内容に合わせてノブが動的に追従する方法が見つからず、音作りが必要以上に難しくなる。画面はスクロール時にもたつき、神経に障るロード時間があり、その先に開けるのは大量の、しばしばプラスチック臭くて脈絡のないプリセットの次元。
- 常連視聴者はご存知の通り自分は Roland/BOSS 系 FX の愛好者で、707 にもたっぷり入っている。定番のリバーブとディレイ、全トラックに EQ とマルチ FX、さらに別のマルチ FX、バスコンプ、EQ で簡易マスタリングもできる。ただしオートセーブは無い。
- シーケンサーを走らせたままプロジェクトを保存できるが、その書き込み処理は核ミサイルの発射手順のような重さ。SD カードスロットがあるのは良いが、ダイレクトなサンプルストリーミング機能は把握していない。数週間前に取り上げた兄弟機 TR-8S と比べ、アナログアウトの数が減っているのは残念。ステレオのエフェクトセンドを追加出力として使えるが制約付き。MIDI OUT が2系統あると力がみなぎる。
- 入力側にはライン/マイク信号と FX リターンのルーティングを捌く、シンプルだが機能的なミキサーがある。Cloud 連携が自分にとってどう転んだかはコメント欄で教えてくれ。筐体はプラスチックだが頑丈で軽量、コントローラーのぐらつきも最小限。試聴機を貸してくれた Klangfarbe に感謝。MC-707 は賛否両論を呼んできたオールインワン制作機の系譜に立つ — 果たしてベッドルームスタジオ向けプリセットの埋立地以上のものなのか。
- イントロ曲は既に本機で作ったもの。707 のサンプル、深いベース、ZEN-Core エミュレーション特有のわずかな冷たさ、全部入っている。まずはクラシックなグルーヴボックスらしい使い方から。
- ジャム後の総括。考えるべき点が多い。取っ付きやすさは評価するが、妙なタイミングの揺れに遭遇し、ボイススティールを避けるためにボイスリザーブを慎重に設定する羽目になった。音を追い込んでも、
- 全体に貧血気味な音色から抜け出すのは難しかった。次は 707 をシーケンスの中枢+FX ユニットとして使い、もっと専門的な楽器を鳴らす構成へ。
- 「最高にひらめいたジャムではないが、言いたいことは伝わるはず」。Roland の名機を模したパッチは的確で、外部機器のコントロールも申し分なく動く。音の処理はいつも通り優秀。ジャム中に説得力のあるパッチを作れず苦戦していたのは気付かれた通りなので、時間と手間をかければ良い音になるのか確かめたい。
- Jupiter-8 ではないかもしれないが、コードとノイズの機械としては間違いなく上等。欠点を際立たせる方向で、ダウンテンポなテクノを。
- Verdict。クラシックなグルーヴボックスのファンならこれ以上探す必要はない。機能は豊富、ワークフローはパフォーマンス志向、そして「電子音楽制作に必要なものは全部ある」という約束付き。ただし MC 古参なら、この手堅いレシピには常に欠点があったと知っている。
- 表層の一段下は、古代の難破船を操縦しているような感触。基本的な不備の潰し方で Roland は綱渡りをしており、何より二流の音源に載った怪しいプリセットへの依存が重い。しかもその音源はいじって楽しいものではない。Cloud 偏重の今、707 や TR-8S のような実機は絶滅危惧種かもしれない — もっとも Roland は、製品名に付けるアイコニックな数字の方が先に尽きそうだが。
- 締めの挨拶。楽しめたら高評価・登録・Patreon 支援を、そして次に取り上げてほしい機材をコメントで、といういつもの案内。