この回の結論
ストリングマシン通でなくても分かる。Streichfett は名機ヴィンテージ勢と同じリーグにはいない。この小さな箱はデジタル特有の癖だらけで、アナログの恐竜たちに期待する複雑さと奥行きは出ない。ただしそれが即ダメというわけでもなく、前に出るサウンドはモダンなジャンルで使えるし、コンパクトな筐体と触って分かるインターフェースはライブ向きだ。本物のストリングマシン好きはもう実機を持っているか、今週発表された Uli の新しい Solina クローンに欲情しているかのどちらかだろうが。
何を喋っているか
- シンセオタクが潜れる穴はいくらでもあるが、何年も目の前にあったのに見落としていた穴を見つけると毎回驚く、という導入。しかもその穴の先には70年代〜80年代初頭の最重要曲群を支えた楽器一族が待っている。
- 今日の題材は Streichfett。2014年のこの音源モジュールは、伝説のストリングマシンに対する Waldorf のデジタル解釈。他のクラシック機材にはそこそこ詳しいのに、あの不気味に鳴るポリフォニックのアンサンブル鍵盤と現代のクローン群だけは今も空白地帯で、正直ちょっと恥ずかしい。見た目は Waldorf 自身の Rocket や 2-Pole に近く、ヴィンテージ調の UI と趣味のいいピンクが差してある。
- 名前の話。Streichfett は文字通り読めば「バターやマーガリンみたいに塗れる脂」。おそらく Streichen / Streicher(弦を弓で擦る、弦楽器)と fett(脂っこい)を掛けたもの。オーストリア人の自分から見てもドイツ語すぎて微妙にイラっとする名前。雑学はここまで。1970年頃までストリング系の音を生楽器抜きで得る手段はメロトロンしかなく、あれはデカくて重くて不安定だった。
- 状況を変えたのが Ken Freeman 設計、Cordovox 製造の String Symphonizer。売れはしなかったが、数年後にオランダの Eminent がオルガンにストリング音を積み始め、1974年に Solina String Ensemble を出す(米国では ARP 名義)。今日に至るまで最も欲しがられるストリングマシンの一つ。その後 Roland、Yamaha、KORG が続き、Logan・Siel・Crumar といったイタリア勢も参入。
- ストリングマシンの仕組みは単純で美しい。オルガン的なオシレーターを少数だけ持ち、周波数分周器で下のオクターブを作るので、設計上そもそも完全ポリフォニック。あの「アンサンブル感」の正体は主にコーラス・フェイザー・リバーブといったエフェクト側にある。
- 本物のポリシンセとデジタル音源が出てきた時点でストリングマシンの全盛期は終わり、あの温かくミステリアスな音はゲートリバーブの砂利みたいな大波にかき消された。で、話を戻して Waldorf Streichfett。フルデジタルのストリングシンセで、構成は Solo と Strings の2セクション。
- Strings 側は Registration ノブでストリングトリオ、ブラス、オルガン、クワイア、およびその中間を連続的にスキャンできる。基本波形は正直かなり粗い音で、上下2オクターブぶんをミックスし、アタック/リリースのエンベロープで整える。
- この楽器をアダルトビデオのサントラ用に仕上げるには Ensemble エフェクトを入れる必要がある。選べるのはコーラス、もっとコーラス、その二つのミックス。以上。
- よりシンセ寄りの Solo セクションもポリフォニック。柔らかいベースから、ミッキーマウスの犬みたいな音、E.ピアノ、クラビネット、シンセまで。単純だが使える音で、これまた単純なトレモロ/オートパン効果が効いてくる。
- Solo 側のエンベロープは少しだけ強力で、AD と AR を切り替えられる。いい感じのドスッとしたアタックを付けられるのは評価できる。2セクションはレイヤーもできるし、かなり原始的なスプリット機能も使える。
- そのスプリットのおかげで、同じくらい原始的なマルチモードも成立する。3つのエフェクトは同時使用可。リバーブは両セクションに、フェイザーは Strings のみに掛かり、Animate は Strings の Registration 設定を LFO で揺らすもの。
- 全エフェクトが1ノブ設計なので窮屈な場面はある。内部クリップの苦情も多く、特にフェイザー使用時。ノイジーなリバーブには隠しゲートが付いているらしい。パッチは12個保存でき、電源も制御も USB で完結、5ピン MIDI もある。えらい。
- Streichfett は特定機種のモデリングではないが、SOS は Godwin 749 String Orchestra や Eminent 310 Unique に近いと評した。Unique、まさに唯一無二。クラシックなストリングマシンの比較は William Salmela のチャンネルを見ろ、と紹介。価格は欧州ならまあまあだが米国ではかなり高い。
- クラシックなストリングマシンは軒並み古くて高い骨董品で、スタジオやステージで当たり前になった現代的機能が欠けている。Streichfett はその代わりが務まるのか。今日のイントロにも既に Streichfett は入っていた。曲は全部メタファーだ。スプリットを切り、Strings の Registration を「どうせウェーブテーブルだろう」と割り切って弄るデモ。
- 「やっぱり 2-Pole 2 が欲しい」。内蔵 FX で大きな映画的サウンドは作れるし、いじれる幅も評価できるが、Registration の全ポジションが金というわけではない。
- 今のはストリングマシンの典型的な使い方ではなかったので、もっと伝統的な文脈でも通用するか試す、というデモへ。
- 再現度の話は脇に置くとして、Solo セクションは気高い控えめさで使える結果を出すし、ごく普通のストリングレイヤーもちゃんと機能する。ただし Streichfett は太い音のシンセではない。
- ということで、この壮大なインスト・ヒップホップビートというギガチャドで肉付けする。デモ演奏。
- Verdict。ストリングマシン通でなくとも、Streichfett が名機ヴィンテージと同じリーグにいないことは分かる。小さな箱はデジタル的な奇癖に満ちていて、アナログの恐竜に期待する複雑さと深さは出ない。ただしそれは必ずしも致命傷ではない。
- 前に出る音はモダンなジャンルで使えるし、コンパクトさと直感的な操作面はライブ向き。本物のストリングマシン好きはもう実機を持っているか、今週発表された Uli の新しい Solina クローンに欲情しているかのどちらかだろうが。シンセの穴に潜るのは最高だが、また一つ古い鍵盤に金を使いすぎる道が開いてしまった。
- パトロン向けボコーダー・シャウトアウト。ティア4はフリーウェアの32bit ボコーダープラグインを SM Pro Audio V-Machine で、しかもウィザードファイル無しで走らせる構成。「私もスリルのある生き方が好きでね」
- ティア5、Sassy the Sasquatch は Roland VT-3 Voice Transformer を選択。堅実なチョイス。
- ティア6は両方を合体させ、ソフトとハードによるボコーダー・セプション。来月また、で締め。