この回の結論
U-110 のような楽器は好きだ。ある時代の空気と時代精神を、古代の石彫のように保存しているタイムカプセルだから。使い勝手も音質も現代の音源やソフトには敵わないが、コンバーターのざらつき、ピッチアーティファクト、エイリアシングといった明らかな欠点は、無菌状態の電子楽器だらけの世界ではバグではなく機能だ。しかもこの手の Roland のラック群はプロ用に作られていて、今もプロの現場で普通に動く。必要か?と言われれば要らない。だがラックに空きがあって、80年代のチーズを万人受けするラザニアに変えるアウトボードが一式あるなら、ノスタルジーに負けて買ってしまってもいいと思う。
何を喋っているか
- 番組紹介。ここ数週間このチャンネルが「シンセオタク版トイザらス」になりつつあったので、レーガン時代の真面目な業務用機材を扱う回を楽しみにしていた、と切り出す。
- Roland U-110 (1988)。ミニマルな見た目とネタバレ的に物足りない機能セットのせいで忘れられがちだが、未発売の兄貴分 T-110 と共に JV / XP / XV といった Roland の名門ラインの祖先であり、90年代初頭のロンプラー革命の道を開いた機種だと解説。
- 改良版 U-220 とその鍵盤版 U-20 は、打ち込み屋やキーボーディストがステージでリアルなアコースティック音を鳴らせるようにした最初期の機材。見た目が似た D-110 とは別物で、あちらは Roland 名物 LA 音源。D 系はごく短いサンプル断片を減算合成で肉付けするのに対し、U-110 の音は良くも悪くも完全にサンプルだけで出来ている。
- 外観は「退屈な80年代ラック」そのもの。ボタン6個、ヘッドホン出力、そして人々がディスプレイを憎むようになった原因みたいなディスプレイ。MIDI三兄弟と、やったね、6系統のアサイナブル出力。貧弱な内蔵音色は ROM カード最大4枚同時装着で拡張でき、この「小さな売上押し上げ装置」は全15種類あった。
- SN-U110-08 のシンセサイザーカードが入手できなかったのが残念、と一言。80年代 Roland のメニュー潜りとマニュアルは人を発狂させてきた歴史があるが、U-110 ではそれほど問題にならない。UI が良いからではなく、単にできることが少ないから。99プリセットが例の「エッシャーの絵みたいな階層構造」に収まっている。ブラス系が多い。
- 音出しデモ。オルガン、あまり説得力のないアコースティックピアノ、ドラムキットは1種類のみ。そしてスラップベースが12種類、そう12種類。
- ようこそ80年代へ。2ステージのエンベロープ、アンプ用 LFO、トレモロ、かなりノイジーなコーラス、そしてフィルターは無し。内部ミキサーとルーティングは最後まで完全には理解できなかったが、半分ランダムにボタンを押しながら見当をつけていけば用は足りた、と正直に白状。
- メーカーの意図通りの U-110 の使い方を見たいなら Synthmania の動画を薦める。この回がキーボード演奏のお手本になるわけがないのは皆知っての通りだから。中古市場には手頃な価格で大量に出回っているが、内蔵プリセットはすぐ飽きるので ROM カードに追加投資した方がいい。自分の個体は車のトランクから80ユーロで買った。売り主が ROM カードを付けてくれた気がするが今どこにあるか分からない。
- 見るからに定番の制作用ワークホースなのに、なぜ「こいつがポップスの多様性を一人で殺した」とでも言わんばかりに嫌う人が多いのか。冒頭のイントロ曲で既に U-110 は鳴っていた、あれはブラスのサンプルだ、と種明かし。このプロト・ロンプラーからどれだけプロト・グルーヴが搾り取れるか、proto-dubstep のジャムで試す。
- デモ続き。アコースティック楽器のサンプルが常に本物そっくりでなければならない、なんて誰が決めた、とローファイを肯定。ざらついたドラム。
- クワイアのサンプルには Mellotron っぽい味わいがある。キレのあるサックスは90年代スタイルのヒップホップで聴いてみたい。U-110 はミキシングコンソールと組み合わせる前提の設計なので、ほぼアナログの機材でプリセットをいくつか叩き潰してみる。
- エフェクトの乗りは良く、全部を掛けすぎてもタイトさが残る。特に良かったのは深くエフェクトを掛けたベル音と、歪ませたウッドベース。
- ノイジーでざらついた、エイリアシングとピッチアーティファクトまみれの U-110 のサンプルは、Rick Astley の全ディスコグラフィをピッチダウンしたような、妙に落ち着くシンセウェイヴのサブジャンルを思い出させる。科学の名の下に、プリセットがどこまで虐待に耐えられるかを、小さなホーントロジー系の一曲で検証する。
- 演奏パート。そして Verdict へ。U-110 のような楽器は好きだ、と切り出す。
- Verdict 本体。古代の石彫のように、ある時代の空気と時代精神を保存しているタイムカプセル。使い勝手も音質も現代の音源やソフトには勝てないが、コンバーターのざらつき、ピッチアーティファクト、エイリアシングという明白な欠点は、無菌の電子楽器だらけの世界ではバグではなく機能だ。加えて、この手の往年の Roland ラックはプロ用に作られていて今もプロの現場で通用する。
- 結論。U-110 のような古くて一見時代遅れの機材が必要か? 必要ない。だがノスタルジーに負けた馬鹿になって買ってしまうのもアリ、特にラックに空きがあって、80年代のチーズを万人が喜ぶラザニアのグラタンに変えるアウトボードが揃っているなら。視聴御礼と、いつもの登録・コメント呼びかけ。
- 次に見たい・聴きたい機材をコメントで教えてくれ、と締め。